6
それは2つの現場で同時に、且つ、一気になだれ込んだ正念場。
七郎次の今の世での叔母にあたる、サナエという女流カメラマンさんは、この春先に元いたスタジオから独立したての、新進気鋭の注目株だそうで。とはいえ、まだまだ駆け出しも良いところ、2、3、単独でというお仕事をこなし、それでの注目を浴びもしたが、それがそのままブームを巻き起こしたり、少なくとも彼女の名をメジャーなそれにするほどの路線へ乗るかどうかは微妙なところ。本人はあんまりビッグなことを望んではなく、堅実な仕事と実績を積み上げたいそうだが、それにしたって最初の押し出しは大事ですよねと。著名なネット作家の全集本の表紙装丁のスタッフに彼女が選ばれ、全集の空前の売れ行きに一役買っていると、そのビビットな写真への高評価があちこちで聞かれたの、我がことのように喜んでいた七郎次だったので。何てことはない雑貨や切り花の写真が、周囲の夾竹桃の鮮やかな緑に埋もれそうになっている少女の背中の儚さが、そう言われてみれば印象的だと、目に焼きついた勘兵衛でもあり。
「元のスタジオへの連絡も、数日前から取れなくなってるようですね。」
直接のアクセスはもちろんのこと、周辺への訊き込みもそれは要領よく浚って来た征樹がそうと報告したのへ、ふむと顎先をお髭ごとつまんでいた勘兵衛だったが。その大きな手がふと止まり、
「征樹、あの防犯カメラの映像を浚えるか?」
路肩に停車させた車の中から彼が視線を向けたのは、街灯の高みに据えてあったいかにもな防犯カメラへで。そして、
「はあ。許可取らずにでしたらすぐにでも。」
ともすりゃ矛盾して聞こえる返事だが、それを正攻法で手掛ければ…許可の許可の許可まで要って、実行に移すのは何日後となるかということ、内緒で手掛けりゃすぐですよと言いたかった彼であり。その辺りの型破りさ加減は、それこそ前世からのお付き合いにて培った筋金入りもの。なに、バレなきゃいいんですってと、悪びれもせずに応じると、グローブボックスから取り出した小ぶりのノートPCを開いた。なめらかにして手慣れた、一頃のタイプライターの打ち込みを思わせる苛烈なまでの速度によるキー操作を披露した彼は、ややあってPCの液晶画面を勘兵衛のほうへと向ける。そこには、少し遠目な画像がら、目当てのビルの前へ止まっていたブロンズガラス張りの外車へ、女性が押し込まれるように乗せられている様子が映し出されており。何かの証拠にしたいなら、この粗さでは採用は微妙だったかも知れないが。こちとら微妙に私的な行動中なので、
「間違いないな。サナエさんだ。」
「ええ。顔認証かけても通りますよ、この相似なら。」
そこからが、この腹心殿の腕の見せどころ。幹線道路に設置されたカメラのうち、走行車のナンバープレートや車種を検索することでその走行ルートが追える“Nシステム”に割り込んで、該当車の行方を追い。その傍らでは勘兵衛が、レンタカーと割り出されたその車を借りた人物の解析を、携帯1つで…巧妙な話術を駆使し、あっと言う間にあらかた引き出しているところがおサスガで。
「個人情報を引き出せる話術は相変わらずにお見事ですね。」
「何の、受付カウンター係の脇が甘かったまでのこと。」
いかにも、JAFの担当者が、事故を起こした車の報告にと電話を掛けて来たように装っての取っ掛かりといい。運転免許証や何やの提示から身元は判りませんかね、怪我をしたドライバーが口を利けない状況なのですよと、よくもそこまでという嘘八百を並べた手管といい、
「盗難車を使ってないところをみると、手慣れてないか少なくとも組織だってはない連中だな。」
しかもメジャーな車種とはいえ外車とはな、こうして易々と追跡されているようじゃあ甘い甘いと。だから随分と助かった身で抜け抜けと言うところなぞ、
“昔とった杵柄ってですかね。”
余裕なんだか、荒ごとになりそうなのでと血が逸っているものか。目許を細めての楽しげな笑みなぞ見ていると、かつての時代の、余裕のあった戦さの前夜なんぞを思い出したりもするのだが、
“………いかんいかん。”
あんな殺伐とした世界とは縁を切っていいはずで。特にこの、自分へばかり融通の利かないでいた不器用さんには、思い出させちゃいけない悪しき夢ばかりな暗黒の時代。軽く首を振ってから、お膝に開いていたPCを再び勘兵衛の方へと向けると、
「さて、勘兵衛様。
敵はどうやら、今朝方サナエさんを攫ってそのまま逃走。
今はこのファミレスで休憩中らしいです。」
ファミレス? はい。連中の身内の営むそれかな。いいえ、そうでもなさそうですよ。店内ががらんとしてはいますが、営業中ではあるようですし…と。どこからどういうハッキングを仕掛けたやら、その該当店の防犯カメラの映像まで、ノートPCの液晶画面へ呼び出していた征樹であり。
「きっとサナエさんに何かしら言い含め、
騒がぬようにと仕向けているのでは。
単なるグループでの利用と装って、足場にしているものと思われますが。」
いかがいたしましょうかと。ある程度は判り切った答えを待ってのこと、わざわざ訊いた彼であり。そして、
「そうさな。」
かつての名軍師が妙案を思いついたおりを彷彿とさせたまま、にんまりと太々しく笑った勘兵衛へ、ほうと胸を温めた元双璧の片割れ殿であったのだった。
← BACK/ NEXT →*
*あああ、変なところで力尽きてすいません。
微妙におまけと言いますか、とある仕掛けももぐらせているお話なんで、
会話文章が中心でどこで区切っていいのか判らずこんなことに…。(苦笑)
*で、ちょっと気になってたのを確かめたら、
やっぱり使い間違いしていた言い回しがありまして。
このお侍のお部屋で時たま使う“かかりゅうど”ですが、
てっきり関わりのある人という意味かと思っていたら、
掛り人と書いて“居候”のことなんだって。
気づいていながら黙ってた方もおいでかもですね、
これから気をつけますね、すいませんでした。

|